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2017 MAR.
映画「鶴と子供たち」
演出 ◆ 下村兼史
1949年
東宝教育映画
写真資料提供:山階鳥類研究所


下村兼史のセミドキュメンタリー映画

野鳥生態写真の日本の先駆者下村兼史(1903−1967)は、36歳の1939年に映画の世界に転身し、監督、演出・脚本家として活躍した。下村監督として1967年に64歳の生涯を終えるまでに、少なくとも26本の映画を撮っていたことが2年以上かかって確認された。
  少なくともというのは、写眞資料ばかりでなく兼史の文字資料の多くをも所蔵する山階鳥類研究所には、制作途中で終わったものか作品になったものかも判断つかないスクリプトや台本類が収蔵されていて、或いは、まだ眠っている未発表の映画作品がどこかに埋もれている可能性がないとも限らないと推察するからである。

待たれる下村映画作品鑑賞の機会

26作品の内、映画紹介の記事などを頼りに推察すると、恐らく自然科学ドキュメンタリーと目される17作品ほどの内、少なくとも11作品は野鳥や自然を主題としたもので、それ以外を主題にしたと思われるものが恐らく6作品である。
  セミドキュメンタリーと思われるジャンルは8作品ほどを数え、その内5作品が子供たちと鳥との交流を描いたものや、主役の鳥に台詞を言わせたりするもので、他の3作品は、どんな内容なのかさえも想像の域を出ない。別ジャンルの残る1作品が、異例の焼酎を扱ったムービーアドである。
  今日、下村監督制作の映画を鑑賞する機会は少ない。映画フィルムの存在すら確認されていないものが10余作品もあり、私が鑑賞の機会を得たのは8作品に過ぎない。一方、「或日の干潟」「鶴と子供たち」など作品数は限られてはいるが、DVDになって購入や閲覧の機会が期待される作品もある。最新情報を現在確認中であり、その情報を含め26作品の詳細な現状リストをいずれ発表したい考えでいる。

今日の鹿児島県荒崎と重なる「鶴と子供たち」

「今月の1枚」は、下村作品の典型的なセミドキュメンタリーと思われる「鶴と子供たち」のスチル写真(山階鳥研下村資料ID no.AVSK_DM_0591)である。
  鶴を観察する男女の主役に、いじわるをする悪童が登場するが、最後は仲良しになって一緒に傷ついた鶴を守って自然に放すというストーリー。下村監督の野鳥や自然を大切にするメッセージが画面に溢れている。代表的なセミドキュメンタリー映画作品の一つであろう。

  1949年に制作された40分ほどのこのフィルムを、数年前にある郷土博物館で上映したことがある。DVDに落としたモノクロの古色蒼然たるこの映画に、講堂満席の視聴者がどのような感想を持たれるのか、私は興味半分、気がかり半分であった。上映後にお聞きできた数人の方の感想は、こんな映画があったのか、今の子供たちに見せてあげたい。鶴を守りたい一心の子供たちの気持ちが伝わってきて、懐かしさもあって感激した。教育映画として今でも通じるのではないか。
  日本科学映画史に名を残す下村監督の作品に感動と郷愁を覚える人はいるものだと、いささか意を強くしたのであった。

乾板余話

「今月の1枚」の原板は、ガラス板の片側に感光乳剤の塗られたガラス乾板と呼ばれるものである。山階所蔵の兼史が生態写真として残した975点の乾板のほとんどが手札判(82×107mm)であるのに、「鶴と子供たち」のこの乾板は118×164mmと桁ハズレの大判なのだ。想像だが恐らく映画フィルムから起こしたに違いないこの乾板であるが、何故敢えて大判なのか? 答は得られないが、どうでもよい興味は尽きない。

(公財)山階鳥類研究所は、2018年秋に都内で下村兼史の写真展を主催します。
写真展および同研究所の下村兼史写真資料の利用についてのご質問 お問い合せは、
写真展実行委員会事務局および同研究所の下村写真資料提供窓口となっている
(有)バード・フォト・アーカイブスへ直接ご連絡ください。
〒111-0052 東京都台東区柳橋 2-1-9-901 (有)バード・フォト・アーカイブス内
tel & fax:03-3866-6763
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2017 FEB.
地吹雪のカナダガン
撮影 ◆ 塚本洋三
1972年12月16日
カナダ オンタリオ州

写真イメージを想定しての撮影

頭に絵コンテを描く。こういう場面であの鳥をこう撮ろうと期待してフィールドへ出る。なにか鳥がみつかったらとにかくシャッターを押すのではなく、想定したように望む被写体を狙い撮りするのである。相手が野生の生きものでは、なかなか簡単にはいかない。思い描く写真が撮れた時の嬉しさは、また格別と言えよう。

荒天に想定外の撮影チャンス

「今月の1枚」は、荒ぶ地吹雪に耐えているカナダガンの一群。実は、あの荒れ模様では、撮影どころかバードウオッチングもロクにできないであろうと思いつつも出かけたのである。着いた先は、アメリカのデトロイトから車で小1時間ほどのカナダのジャック・マイナー バード サンクチュアリ。そこで、テーマにしていた「雪中ワイルドライフの図」の撮影チャンスに遭遇したであった。
  一見して、心躍るシーン。これを撮らねば! その場で、私が表現したい絵コンテを頭の中に急ぎ組み立てる。断続的にフィールドを吹き抜ける地吹雪に、隠れては浮かび上がるカナダガンの群れ。その姿をなんとか幻想的なイメージにしあげたい。黄色フィルターに思いを託した(もしやの効果を期待して、咄嗟に赤色フィルターも試した気がする)。
  2倍のコンバーターをつけたタクマー300mmをつけたアサヒペンタックスSPのシャッターを、寒風吹きすさぶ中、壊れんばかりに押し続けた。36枚撮りのロールフィルム トライ-Xを、かじかむ手で何本もいれかえた。
  やたらと寒い。たまらず車の陰に風をよける。とうとう車内に避難して窓から撮る。吹きっさらしにいる雁たちには申し訳ないと思いながら。

撮る前から始まる生態写真撮影の楽しみ

この撮影に味をしめて、初回の経験を基に絵コンテを描きながら、当時住んでいたミシガン州アナーバーからデトロイト経由で、その後何度もジャック・マイナー サンクチュアリに通った。自然相手の駆け引きは、一筋縄ではいかなかった。写真向きの地吹雪は、一冬でそう何回もない。そのわずかなチャンスという時に限って、私に用が出来たり。今度こそと駆けつけると、地吹雪だけでカナダガンの姿はなかった。別の格好の地吹雪では、カナダガンの群れはいるにはいたが、少な過ぎた。願ったりの群れがいた時には、現場に到着するあたりで地吹雪は次第に凪いでしまっていた・・・。

  思い通りにはいかないものである。日本へ帰るまでの何冬かで、チャンスは二度と巡ってこなかった。それだけに、私のお気に入り生態写真の僅か数枚の内の「今月の1枚」を見ていると、40数年も昔の撮影したときの興奮が、地面を吹き抜ける雪煙の中のカナダガンたちとあの寒さとともに、昨日のようによみがえるのである。
  と同時に、絵コンテ撮影の己に課した難しさとそれを克服してお気に入りを撮る密かな楽しみを、またいつか味わえる日が待たれる。生態写真撮影の醍醐味は、撮る前から始まっているのだ。

[参考] カナダのOntario州は寒村Kingsville にあるThe Jack Miner Bird Sanctuaryを紹介したものに:藤原英司 1974. 神と人と鳥を愛して ジャック・マイナーとその野鳥保護区. 世界動物百科 no.170, pp.170-T−170-V. 朝日新聞社.

2017 JAN.
半世紀前のナベヅルの一群
撮影 ◆ 廣居忠量
1965年12月28日
鹿児島県荒崎

ナベヅルのいる写真を読む

鶴の渡来地で知られる鹿児島県荒崎には、マナヅルなどと共に、現在1万1千羽を越えるナベヅルが越冬している。私が初めて荒崎を訪ねた1958年には、僅か350羽ほど。廣居忠量さんが「今月の1枚」を撮った1965年には、約1,500羽しか渡来していなかった。

  近年荒崎を訪ねると、田んぼのほぼ中央に位置する展望台から一望の田んぼを俯瞰することができる。田んぼは耕地整備が行き届いて、碁盤の目のように整然と区画されているのだ。そこで給餌時に、ひしめくように餌を採る鶴たちを見ることになる。「万羽鶴」は壮観ではある。昔を知る者にとっては、より湿潤な環境に棲息する野生味溢れる鶴たちの姿とは言い難い。それも時代の流れ、人為の環境変化には逆らえまい・・・。

  その昔、数が少なく警戒心が強い鶴の写真を撮るのは、容易ではなかった。廣居さんは、タクマ―500mm超望遠レンズを構え、腰を低くして一歩一歩鶴ににじり寄り、ようやくプラスXフィルムにナベヅルの一群を捉えたのである。
  撮影はローアングルだ。ピントをあわせたナベヅルの前後は、望遠レンズだけに余計にボケている。ボケに趣のあるこの写真は、見る者に想像する余地を残して飽きない。荒崎のその昔の空気感を感じとることすらできよう。
  写真中央の鶴が、ようやく撮影する者の気配を感じ始めた風である。採餌に余念のない鶴もいる。まだ、群れに警戒感はない。写真で地平線が水平でないところをみると、緊張しているのは、むしろ撮影している側のようだ。
  一見なんでもないようなナベヅルを撮った「今月の1枚」だが、鶴と廣居さんとの余裕ある距離感と想像をも遊ばせて感じられる荒崎田んぼの佇まいが、見る者を故郷の想いに誘うような、どこか懐かしさを感じさせる点が見逃せない。単に生態が写されている鶴を見るというより、鶴のいる景色が見る者の心の在りようにまで影響を与えてくれる凡庸ならざる写真ではないだろうか。

  廣居さんよりさらに昔に体験した私の荒崎に関心のおありの方は、次をクリックしていただければと思います:
  荒崎の今と昔、又野さんのことども http://www.bird-photo.co.jp/2_day_2006.html#Anchor-41769
  荒崎――半世紀前・後・これから http://www.bird-photo.co.jp/1_photo_2008.html#Anchor-BP-33379

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