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2010 MAR.

孤独なナベコウ
撮影 ◆ 下村兼史
1928年1月16日〜24日(推測)
鹿児島県荒崎
資料提供:(財)山階鳥類研究所

下村兼史作品紹介:未発表のナベコウ

 日本の野鳥生態写真の草分け下村兼史(1903−1967)が生涯に撮った1万点を超える「下村兼史資料」が、(財)山階鳥類研究所に希有なコレクションとして収蔵されている。今月は、その中からナベコウを紹介したい。
 ナベコウは、コウノトリの仲間である。雄は、光沢の鮮やかな黒と下面の白とのツートーンに、紅赤色の嘴と脚が鮮やか。今日でも日本での記録が少なく、私の憧れの鳥の一つ。下村は、鹿児島県荒崎の鶴の渡来地を最初に訪れた1927年に1羽を発見して以来1930年まで、何度か観察撮影の機会を得ている。

 『そこへまたヘラサギのあとを追うようにして、例のナベコウが現われた。遂にこの鳥は私から離れないのだ。現われると写さないわけにはゆかないような気がして、その都度写している。もういいかげん彼を写したフィルムが出来ているはずだ。
 ナベコウは藺草のくさむらの傍で眠り始めた。ヘラサギは彼方の水の畔で、淡い夕陽を浴びながら平べったい嘴で羽つくろいをしていたが、そのうちこれもまた、嘴を大事そうに背中の羽に埋めて眼をとじた。
 遮るものは何もない、この廣い枯草の原を、陽炎のゆらめくにまかせて、静寂の中に眠る二羽の白と黒の鳥、彼等が見る夢は果して白と黒の夢だろうか――。(1928.1.24)』(カメラ野鳥記. 1952. 誠文堂新光社. pp.141-142)

 広い荒崎田んぼで珍鳥ナベコウがカメラの前に現れると、『写さないわけにはいかない気がして』とは、50余年のバードウオッチングで一度もナベコウを見たことのない私にとっては、なんとも贅沢な話。『もういいかげん彼を写したフィルムが出来ているはず』という下村が荒崎で撮ったと判別できるナベコウの写真は、山階鳥類研究所の「下村兼史資料」に13点の乾板(及び18点のプリント)が存在する。その内、小川の畔にいるナベコウの写真は、4点の乾板に残されている。その中でここに紹介する資料ID番号AVSK_DM_0805が、未発表の1枚である。
 同じ時に撮られたと思われる他の作品は、『鳥類生態写真集 第1輯』(1930. 三省堂)の第12図に収録されている。今回初めて発表される作品が第12図と同じトリミングで紹介されることを、下村兼史は望んでいるかもしれない。私は、異なる表現を試みたかった。数百羽が群れて冬を越すナベツルやマナヅルのいる同じ田んぼで、ナベコウは唯1羽でいた。その孤独な姿を、敢えてその背に広がりのある構図で表現したい。さらに、下村が意図した珍鳥を中心とするトリミングよりも、今日では整然と区画整理された田んぼが、往時はかくも自然の佇まいでそこにナベコウもいた事実を、作品に語ってもらいたい。背景の田んぼと西干拓との境の堤防に植えられた一列の松は、知る人ぞ知る荒崎そのものの景観である。これらの想いを、80余年前に撮られた下村作品として表現したかったのである。
 私の解釈した未発表作品を、天国におられる当の撮影者下村兼史が「自分の撮影意図とは違うけど、まあ」などと控えめな微笑みでみてくださることを、切に願っている。

(財)山階鳥類研究所の下村兼史資料の利用についてのご質問、お問い合せは、同研究所の下村資料提供窓口となっている(有)バード・フォト・アーカイブスへ直接ご連絡ください。
mail:info@bird-photo.co.jp(@を半角に直して送信してください)
URL:http://www.bird-photo.co.jp/4_rental.html#anchor-5502
tel&fax:03-3866-6763

2010 FEB.

雪降れば、気もそぞろ

地吹雪に耐えるマガモ
撮影 ◆ 塚本洋三
1975年4月3日
アメリカ・ミシガン州

 2月に入って東京にも夜から雪が降った。朝にはほとんど消えてしまっていたのは残念であった。
 雪は、そこに住む者には厄介なものであるが、雪国を訪れる者にとってこれほど美しく魅力的なものはない。雪の中で息づく野生の生きものをカメラ構えて探し歩くのは、自然の女神がおいでおいでをしているようで、つい我を忘れる。

 緯度がちょうど札幌あたりのアメリカはミシガン州のアナーバーにいたころ、北国の積雪はさぞやと思ったらそれほどでもなく、気温もマイナス20度になることはほとんどなかった。愛用のアサヒペンタックスSP のオイルを寒地仕様にしてこなくてもよかったかと思ったほどであった。風さえなければ、“暖かな冬”だった。とはいえ、雪にはこと欠かない。
 しんしんと降る雪をみると、私は心落ち着かなくなる。起き抜けの窓辺で、降っている雪が写真向きか、写真写りのよくない雪かを見極める。一つ一つの雪が目に見えるようにみっちり一面に落ちていると、フォトジェニックだ。また、風で飛ばされる雪が横殴りの線となって見えるとき、それはめったにない撮影チャンスだ。
 「ウオッ、たいへん!」。私好みの雪だと、にわかに“体調が悪く”なり、その日は欠勤の連絡を入れて精神状態を落ち着かせるべく外出すること、しばしばである。リスや小鳥たち、運がよければ鹿の小群がお目当てだった。悪天候に野生の生きものに巡り会えしかも写真に納まってくれる機会は、そうはないことを承知しつつ。
 そんな或日、天気がよいのに積もった粉雪が強風に飛ばされる地吹雪となった。欠勤しなくてはバチが当たりそうな、写真向きの雪景色。雪の日の天候は変わりやすい。おっとりカメラで飛び出した。
 ミシガン大学にほど近く、ヒューロン川という響きのよい名の小さな川に、おなじみのマガモの一群をみつけた。一つがいが雪の上で地吹雪に耐えているのが、目に入る。「これだ、絵になる!」と思ったとたん、タイヤが雪にとられ車は動かなくなった。車は後で掘り出せばよい。目の前のシャッターチャンスは一瞬だ。とっさの判断で車から出る。
 「ウエェ 寒っ。」Y2のイエローフィルターをつけたタクマー300mmのほどよい距離まで、にじり寄る。「マガモも寒いんだろうな。」逃げるより寒さにじっと耐える方が先だぁみたいに、動かない。地吹雪と被写体に恵まれた我を忘れるひととき。これはなにものにも代え難い。
 あれから何十年もたって引っ張りだした画像に、あのときの強烈な体験が甦る。フィルムは、35mmロールフィルムの36枚撮り、トライXを使っていた。シャッターを切ってはフィルムをいちいち巻き上げた。手袋を脱いでのフィルム交換の時の指先の寒さったらない。
 撮り終わってもマガモ夫妻は同じところで同じように耐えていた。「相手になってくれてサンキュー」と後ずさりして、さて、車を掘り出す時にミトンの中でかいた汗がまた凍って、気がついた時は指先が色も固さも蝋のようになっていた。軽い凍傷にかかったかと、帰路近くの大学病院で手当をうけた10本の指先は、こうしてキーをたたく今も、この時期うっすら膨らんで赤みを帯び、そのときを忘れようにも忘れられないのだ。包帯でぐるぐる巻きにされボクシングのグラブのようになった両手。ぎこちないギアチェンとハンドルさばきでワーゲンをあやしつつスリップしやすい雪道を帰ったときの恐怖も、ついでに思い出す。
 「なにもマガモを撮るくらいでそんな目にあわなくったって・・・。」友人に言われて、照れ隠しにニヤリとした。そのときの1枚は私のお気に入りの写真となったからだ。

 “雪中、野生動物の図”は、ミシガンでの私の胸躍るテーマ。多少常軌をはずしても、そうは巡り会えないシャッターチャンスには代えられないものがあったのだ。
 夢中になれるテーマがあるのはよいが、雪は東京ではねぇ・・・。

2010 JAN.
タンチョウの舞い
撮影 ◆ 佐藤照雄
1978年2月12日
北海道阿寒町
寅年に鶴

 長寿めでたい折りには、なにをおいても鶴と亀は欠かせない。正月も、鶴。日本人の心の風情。寅年といえども鶴である。しめ飾りに鶴をデザインしたものがあると聞く。然り。新年の床の間には、松上の鶴の一幅。元旦の新聞一面。鶴さえいれば万事めでたく収まった。
 めでたい鶴は、いずれも頭に赤を頂き、体が白く、“尾”が黒いタンチョウが選ばれる。かくして、「今月の1枚」の正月は、北海道は釧路の佐藤照雄さんからバード・フォト・アーカイブスにご提供いただいた雪野に舞うタンチョウでめでたいスタートとなった。

 ふと気づいたが、近年タンチョウの伝統の座が軽んじられてきてはいまいか。出番が少なくなったような。一昔前にくらべて、めでたい席でそれほど鶴、鶴という雰囲気が感じられない。私だけの思いであろうか。
 かつて千円札の表に夏目漱石、裏面にタンチョウがデザインされていた。タンチョウの生態写真家林田恒夫さんの写真から描かれたもの。その千円札は3年ほど前に姿を消した。とたんに、話題となった“タンチョウ千円札”の記憶も急速に薄らいでいく。
 悲しいかな、次々に新しいものが登場するマスコミの世の中で、ひとたび舞台から去ったものはさっさと忘れられる。私たちは去り行くものに鈍感というか無関心だ。構っていられない、構う必要もない。忘れるつもりはなくとも忘れられる。かくして、知らず知らずに生活の周辺が味気なくなっていく。なんとなくではあるが、タンチョウは“社会的な絶滅危惧種”になりつつあるような気がしてならない。

 幸い、野生のタンチョウは元気だ。一時は絶滅したと考えられたが、1924年に釧路湿原で10数羽が発見、保護された。現在は“千羽鶴”を超えるまでになり、北海道の原野でしたたかに棲息している。私たちの生活に登場するタンチョウも、私たちの心の故郷でいつまでもめでたく羽ばたいていて欲しいものだが。

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