日本の野鳥生態写真の草分け下村兼史(1903−1967)が生涯に撮った1万点を超える「下村兼史資料」が、(財)山階鳥類研究所に希有なコレクションとして収蔵されている。今月は、その中からナベコウを紹介したい。
ナベコウは、コウノトリの仲間である。雄は、光沢の鮮やかな黒と下面の白とのツートーンに、紅赤色の嘴と脚が鮮やか。今日でも日本での記録が少なく、私の憧れの鳥の一つ。下村は、鹿児島県荒崎の鶴の渡来地を最初に訪れた1927年に1羽を発見して以来1930年まで、何度か観察撮影の機会を得ている。
『そこへまたヘラサギのあとを追うようにして、例のナベコウが現われた。遂にこの鳥は私から離れないのだ。現われると写さないわけにはゆかないような気がして、その都度写している。もういいかげん彼を写したフィルムが出来ているはずだ。
ナベコウは藺草のくさむらの傍で眠り始めた。ヘラサギは彼方の水の畔で、淡い夕陽を浴びながら平べったい嘴で羽つくろいをしていたが、そのうちこれもまた、嘴を大事そうに背中の羽に埋めて眼をとじた。
遮るものは何もない、この廣い枯草の原を、陽炎のゆらめくにまかせて、静寂の中に眠る二羽の白と黒の鳥、彼等が見る夢は果して白と黒の夢だろうか――。(1928.1.24)』(カメラ野鳥記. 1952. 誠文堂新光社. pp.141-142)
広い荒崎田んぼで珍鳥ナベコウがカメラの前に現れると、『写さないわけにはいかない気がして』とは、50余年のバードウオッチングで一度もナベコウを見たことのない私にとっては、なんとも贅沢な話。『もういいかげん彼を写したフィルムが出来ているはず』という下村が荒崎で撮ったと判別できるナベコウの写真は、山階鳥類研究所の「下村兼史資料」に13点の乾板(及び18点のプリント)が存在する。その内、小川の畔にいるナベコウの写真は、4点の乾板に残されている。その中でここに紹介する資料ID番号AVSK_DM_0805が、未発表の1枚である。
同じ時に撮られたと思われる他の作品は、『鳥類生態写真集 第1輯』(1930. 三省堂)の第12図に収録されている。今回初めて発表される作品が第12図と同じトリミングで紹介されることを、下村兼史は望んでいるかもしれない。私は、異なる表現を試みたかった。数百羽が群れて冬を越すナベツルやマナヅルのいる同じ田んぼで、ナベコウは唯1羽でいた。その孤独な姿を、敢えてその背に広がりのある構図で表現したい。さらに、下村が意図した珍鳥を中心とするトリミングよりも、今日では整然と区画整理された田んぼが、往時はかくも自然の佇まいでそこにナベコウもいた事実を、作品に語ってもらいたい。背景の田んぼと西干拓との境の堤防に植えられた一列の松は、知る人ぞ知る荒崎そのものの景観である。これらの想いを、80余年前に撮られた下村作品として表現したかったのである。
私の解釈した未発表作品を、天国におられる当の撮影者下村兼史が「自分の撮影意図とは違うけど、まあ」などと控えめな微笑みでみてくださることを、切に願っている。