3年前のバレンタインデーにはカミさんが脳出血で倒れて生死をさまよった。鳥仲間と一杯やってゴキゲンな帰宅途中のできごとで、いささか気まずかった思いは今もこころの片隅に残っている。それはそうなのだ。顔と言えば顔がムンクのように左下に流れて崩れ、右半身は不随。なにか訴えているらしいが言葉にならない唸り声と涎がでるばかり。これが愛するカミさんかと、ベッドにいた“異人さん”を一見し恐怖の念さえ覚えたのだった。
幸いというか、脳外科医に言わせると“奇跡の部類”で、これ以上望んでは罰があたるくらいまで回復したのは、なによりであった。
今年の“鬼門バレンタインデー”はちょっと早目にやってきた。仏壇の前に持ち込んだ紅梅の香が室内に漂う3日の朝、姉の緊急手術の連絡が入った。体調の落ちていたカミさんの面倒みるどころではなくなった。駆けつけた病院の担当外科医との手術直前の会話は、真剣なものだった。
執刀医の口調は重く、術後の結果予測は厳しいもの。5分後に迫っていた緊急手術をするか取り止めるかと問われ、医者の話を信じて判断するしかなく、迷わず手術はしないでくれと即答した。辛い思いが一瞬よぎったが、悔いが残ろうが残るまいが選択肢はそれしか私の頭になかった。
そのときはそうとは知らなかった著名な外科部長の先生には、予期せぬ私の答にやや動揺のご様子がうかがえた。医者の立場で僅かでも可能性が残されている限り、総合的に判断して手術することを・・・。
私は言葉を返した。「外科医のお立場でそうおっしゃるのは当然だと思います。でも“総合的に”の意味が、どの範囲を読んで総合的というかが、恐らく私とは違っていると思います。私は、姉の高校以来の病歴、度重なる手術歴、今回ここまで至っての先生の外科の見地からの術後のご説明、手術しなかった場合の、数日と推測される命、入院時に苦しみを長引かせることはしないでといった姉の気持ち、それら総てをにらみその時点から姉の命果てるまでのスパンを今回の手術の範疇より広く“総合的に”判断したのです。」
夫に先立たれ子供もいない孤独の姉を代弁する私の気持ちは、先生に伝わったことと感じた。命を救うのが医者の使命は、厳然として不動だった。社会倫理の壁があるのは私とて承知である。人殺しのそしりを免れないようなお願いは、それ以上控えざるを得なかった。
姉より不幸な状態で命と戦っている患者が世の中に大勢いるのに勝手な考えをする後ろめたさ、なにより、他人の命の見限りをつける怖ろしいまでの厳粛な感覚を意識しつつ、それでも廊下でスタンバイのストレッチャーで結論を待つ姉は、私や妹の考えに内々うなずいていることを疑わなかったのだが。
手術をする結論がでた以上、外科部長に心から姉の命を託した。姉の耳元で、良くなるんだから気楽にいってこいや、と声をかけた。半開きのうつろな目は、反応しているようには思えず、胸が痛んだ。ここまでです、と看護士にさえぎられ、姉は手術室のドアに消えていった。
緊急手術は、それまでの緊張感がフニャッとするほど覚悟の予定時間よりはるかに短く無事終了したのだった。私たち弟妹は、あやうく姉の命を縮めるところだった。
常々考えている生命という命題に、姉の緊急手術で思わぬ応用問題を突きつけられた形であった。手術は成功したが、命の尊厳とは? 人の幸せとは?の答えは、神のみぞ知る。現実の選択に運命を感じた。
思えば、手術をお願いしておいて失敗したら医者を訴えるような社会のルール違反をする人がいる世の中。うっかりミスをする医者がでるご時世。命をあずかる医者を守る、あるいは不徳な医者を閉め出す法的な後ろ盾と、生命に対する新たな社会倫理の構築がないと、医者も患者家族も本音の話し合いから最善と思われる選択肢をさぐることはかなり困難に思われた。所詮、人間、話し合いにはウソや思惑が潜みかねない。そこらを、脳科学の進歩で見破ることが可能となり、患者の救いとなるより的確な“総合的判断”のできる社会になってほしいものである。
紅梅。バレンタインデー。それらとは直接に関係ないけれど、私にはどちらも生命に思いを致すきっかけなのである。(塚本洋三記)