今月の一枚 らくがき帳 会社概要 ご提供 ・ 貸し出し サンプル写真 ビーパ ショップ リンク
2010 / 2009 / 2008 / 2007 / 2006

2010.Mar.カミサンのティータイム

 体調をかなり悪くして、お休みを
いただきます。
 季節の変わり目、皆さま くれぐれも
ご自愛ください。

(塚本和江記)

2010.Mar 便利さを求めて、失うもの

 締め切りが目前に迫ってくるまで、雑誌などの原稿書きや写真データの準備に手がつかない私。原稿などの郵送にかかる日時が気になるし、いよいよ時間がなくなると編集部へ車を飛ばして届けることになる。その時間が実にもったいない。しかも、運転には危険がともなう。深夜だから人はいないとタカをくくって飛ばすと、深夜だから車はこないと決めつける人が道路を悠然と横切っていて、愕然とさせられる。そんなにまでしなくたって、締め切りに早め早めに対処すればよいとは分かっているが、そうはいかないのが人間である。
 ところが、この数年ほど、コンピューターのお陰でそのあたりが楽で便利になった。以前は、メールで送られないような“重い”データは、リムーバブルディスクにいれて編集部へ持ち込んだ。そんな大容量ファイルをネットを通じてしかもタダで送れることがわかった。以前は紙焼きで送られてきた校正もPDFなるものでメールされるようになって、仕方なく私もソフトを購入し、PDF上で修正して送り返す。
実に便利になったものだ。原稿さえ書き終えれば、即編集子宛て送信し、イッチョ上がりである。なにもかも、座っているだけで総ての作業が片付いてしまう。さっすがぁ、コンピューター様々である。
Photo : Y. Tsukamoto

 こうして便利な数ヶ月、1年が経ってみて、ふと、なにか足らんぞと思いつく。なんだろ? 以前は当たり前だったことが、脱落してしまっていたのだ。編集子に面と向かうことがない。挨拶がわりの最近の情報交換がない。立ち話での言い訳やら、ちょっとしたムダ話がない。じゃ今日はちょっと一杯やりましょうかの、貴重な打ち合わせ時間となるお酒タイムまでが消えていた。
 なんのことはない、便利さを追うばかり、肝心の人間の気持ちの交流が抜けてしまっていた。“潤滑油”がなくなって味気なくなっていた。似たようなことは、今の世の中、普通に身の回りで起きているに違いない。気がつけば、まだなんとかなるのかも知れない。利便性に走って、気がつかない方が多くなっているのではないのか? なんとも恐ろしいことではある。
 もっと恐ろしいことに、ひとたび便利さに溺れると、なんとかしようとしても修正しにくいのである。たまには編集子と一杯やりたく思っても、これほど強いインセンティブは他にないのに、最早時間をかけてわざわざ原稿を届けることがない私である。

 便利さは、便利な反面、なにか大切なものを私たちから奪ってしまう。現代社会生活の悪魔。意識してうまく悪魔とつきあわないと、気がつけば取り返しのつかない人間不在の社会生活を送るハメになる。それはイヤだっ。(塚本洋三記)

2010.Feb.カミサンのティータイム

なんだか笑っちゃうほどの

あおぞらに

黄色の花が踊る


“格調” と “お色気”の

混じり合った美味なる香り

宙にただよう


ぷっ ぷっ ぷっ

天にむかって たれよ 放てよ

神様の お・な・ら

         (塚本和江記)

Photo : Y. Tsukamoto
2010.Feb. 紅梅、バレンタイン、そして生命
 紅梅が、今年は早くも1月22日に一輪咲いた。翌日三輪となった。2月に入って満開。母が遺していった盆栽だが、ベランダで水だけあげてほったらかしておいても、毎年よく咲いてくれる。芳香が空気を和ます。
 紅梅の咲くころは、なにかと生命が絡む。

 3年前のバレンタインデーにはカミさんが脳出血で倒れて生死をさまよった。鳥仲間と一杯やってゴキゲンな帰宅途中のできごとで、いささか気まずかった思いは今もこころの片隅に残っている。それはそうなのだ。顔と言えば顔がムンクのように左下に流れて崩れ、右半身は不随。なにか訴えているらしいが言葉にならない唸り声と涎がでるばかり。これが愛するカミさんかと、ベッドにいた“異人さん”を一見し恐怖の念さえ覚えたのだった。
 幸いというか、脳外科医に言わせると“奇跡の部類”で、これ以上望んでは罰があたるくらいまで回復したのは、なによりであった。

 今年の“鬼門バレンタインデー”はちょっと早目にやってきた。仏壇の前に持ち込んだ紅梅の香が室内に漂う3日の朝、姉の緊急手術の連絡が入った。体調の落ちていたカミさんの面倒みるどころではなくなった。駆けつけた病院の担当外科医との手術直前の会話は、真剣なものだった。
 執刀医の口調は重く、術後の結果予測は厳しいもの。5分後に迫っていた緊急手術をするか取り止めるかと問われ、医者の話を信じて判断するしかなく、迷わず手術はしないでくれと即答した。辛い思いが一瞬よぎったが、悔いが残ろうが残るまいが選択肢はそれしか私の頭になかった。
 そのときはそうとは知らなかった著名な外科部長の先生には、予期せぬ私の答にやや動揺のご様子がうかがえた。医者の立場で僅かでも可能性が残されている限り、総合的に判断して手術することを・・・。
 私は言葉を返した。「外科医のお立場でそうおっしゃるのは当然だと思います。でも“総合的に”の意味が、どの範囲を読んで総合的というかが、恐らく私とは違っていると思います。私は、姉の高校以来の病歴、度重なる手術歴、今回ここまで至っての先生の外科の見地からの術後のご説明、手術しなかった場合の、数日と推測される命、入院時に苦しみを長引かせることはしないでといった姉の気持ち、それら総てをにらみその時点から姉の命果てるまでのスパンを今回の手術の範疇より広く“総合的に”判断したのです。」
 夫に先立たれ子供もいない孤独の姉を代弁する私の気持ちは、先生に伝わったことと感じた。命を救うのが医者の使命は、厳然として不動だった。社会倫理の壁があるのは私とて承知である。人殺しのそしりを免れないようなお願いは、それ以上控えざるを得なかった。
 姉より不幸な状態で命と戦っている患者が世の中に大勢いるのに勝手な考えをする後ろめたさ、なにより、他人の命の見限りをつける怖ろしいまでの厳粛な感覚を意識しつつ、それでも廊下でスタンバイのストレッチャーで結論を待つ姉は、私や妹の考えに内々うなずいていることを疑わなかったのだが。
 手術をする結論がでた以上、外科部長に心から姉の命を託した。姉の耳元で、良くなるんだから気楽にいってこいや、と声をかけた。半開きのうつろな目は、反応しているようには思えず、胸が痛んだ。ここまでです、と看護士にさえぎられ、姉は手術室のドアに消えていった。
 緊急手術は、それまでの緊張感がフニャッとするほど覚悟の予定時間よりはるかに短く無事終了したのだった。私たち弟妹は、あやうく姉の命を縮めるところだった。

 常々考えている生命という命題に、姉の緊急手術で思わぬ応用問題を突きつけられた形であった。手術は成功したが、命の尊厳とは? 人の幸せとは?の答えは、神のみぞ知る。現実の選択に運命を感じた。
 思えば、手術をお願いしておいて失敗したら医者を訴えるような社会のルール違反をする人がいる世の中。うっかりミスをする医者がでるご時世。命をあずかる医者を守る、あるいは不徳な医者を閉め出す法的な後ろ盾と、生命に対する新たな社会倫理の構築がないと、医者も患者家族も本音の話し合いから最善と思われる選択肢をさぐることはかなり困難に思われた。所詮、人間、話し合いにはウソや思惑が潜みかねない。そこらを、脳科学の進歩で見破ることが可能となり、患者の救いとなるより的確な“総合的判断”のできる社会になってほしいものである。
 紅梅。バレンタインデー。それらとは直接に関係ないけれど、私にはどちらも生命に思いを致すきっかけなのである。(塚本洋三記)

ろうばい
2010 Jan. カミさんのティータイム まつ
あっち こっちに
伸びる 松葉よ
今年はいい運?
悪い運?
こよりを何千枚とかけて
占ってみよう

うえ した 右斜め45度
おおいに 気にはなるけれど
やっぱり落ちつくところが一番いい

初日の出に
願かけよう
太陽がすけて
未来が呼んでる

   (塚本和江記)

Photo : Y. Tsukamoto

2010 Jan.  新年明けまして

 虎年年頭に気になるのは、トラぬタヌキのジャンボ宝くじ。クジ運のまったくない私とカミさんのコンビでは、抽選結果を気にしたところで知れている。だが、手元資金だけではとても足りない金の要る仕事をなんとか近年中に実現したいので、見えている結果でも気になるのが人情というもの・・・。

 まじめに気になるのが日本経済の雲行き。鳩山内閣、景気よく名目3%の国内総生産成長率を旧年末にぶち上げた。2020年までの目標というが、バブル崩壊後の1994年の4%に次ぐ高率。「新たな政権の実行力が試される時だ。何としてもやりきるという思いだ」と、鳩山首相は記者会見で述べられたそうだ。やりきってもらうしかあるまい。
 試される実行力は現にいくつも抱えている。それらも新成長戦略と並行して実績をつまないと、せっかくの新政権への期待もさらにしぼみかねない。
 私たちの生活を惨めにする権利は政府に無い。誰かさんと違って億という金には宝くじの皮算用しか縁のない小市民ながら、私だって払う税金は払う。実を伴わない優しいお言葉は、旧年で聞き飽きた。心機一転、新年から頼みますよ、鳩山さん。
 というのも、経済が上向いて社会に余裕がでてこないと、どうも自然保護活動へまわる資金も湿ってしまう。エコエコといわれる割には、企業の財布の紐は健全な環境づくりへの活動支援要請に対して、不況下で貝の口。されば、自然との共存を目指す諸団体は、かなり当面しぶとくじっくり自己資金でそれなりの活動展開を迫られるからだ。
 新年から渋い話になってしまった。ここは一つ、一匹の猛虎百鬼をも恐れずの心構えで、本年もいっちょ踏ん張ってより良い自然環境を目指しましょう!
 皆さんのご支援ご指導を重ねてどうぞよろしく。(塚本洋三記)

おめでとうございます。
本年もバード・フォト・アーカイブスの活動を旧年にも増して
どうぞよろしくお願い申しあげます。
Copyright, 2005 Bird Photo Archives All rights reserved.